自分から挨拶ができる子になって欲しくて見守り続けた結果
1980年生まれの私にとって、挨拶は当たり前と言うか常識というか、特に考えてするものではないと思っていました。
子どもの頃見ていた世の中は、大人同士、近所同士、子ども同士、誰でもキチンとやっていた気がする。
大人になってから、そんな当たり前が出来ない人も中には居たけれど、今感じる挨拶が出来ない人とは少し毛色が違う気がしています。
挨拶が出来ない人は敢えて無視するような意地の悪い人という印象だったのが、今ではしない方が当たり前というか、スマホとにらめっこをしている人が多過ぎて、自分が透明人間にでもなったような気分に。
自分以外はモブ認定の人ばかりなのかな…?
…
……
子どもをもうけて6年。
小規模アパートから住戸数のあるマンションへと移り住み、驚いたのは
住人同士の挨拶があまり無いこと。
自分以外の住人同士で挨拶をしていない様子だし、こちらからしてもスルーする大人も割と居て…
そんなのもはや珍しいことじゃないのに、ふと子どもに対しては
(考えるまでもなく当たり前に挨拶ができる人になって欲しいな…)
と強く感じました。
子どもをもうけると、役割が母になるので、母目線で世の中を見るようになりますよね。
そんなとき、無縁社会を加速させるようなことはしたくないし、そういう環境にもなって欲しくないと感じました。
自分も、子どもたちに対しても。
挨拶に対して日ごろ感じていること、子どもに手本を見せるべく意識した結果、そして得た驚きのことを書いていきますね。
- 挨拶大好きな人
- 挨拶は苦手な人
- 挨拶の意味がいまいち分からない人
どなたかの胸に届いたら幸いです。
挨拶をしなくてもまわる世の中でいいのかどうか
『なんで挨拶が大事なの』と訊かれたら
いうまでもないことだと思っていたんですが、きちんと言語化しないと大事にされない世の中になりつつあるのかな…?
と危惧しているし、知りたがりのお子さんだったらその意味を問うてくることもありますよね。
挨拶の大事な核って
目の前の相手を大切に思う気持ちを表すため
だと私は解釈しています。
第1の意味が友好だとすると、2番目の意味は常識(誰もがやって当たり前のこと)と説明しています。
朝起きてスマホが充電されているのも電気があるおかげ
顔洗いやトイレに難なく行けるのも水があるおかげ
外に出たら道が綺麗に掃除されているのも誰かのおかげ
スーパーに食材が並ぶのも、作ってくれた人、買い付けた人、運んでくれた人のおかげ
…
他人の存在失くしては生きられないのがこの世の中のはずなのに、そんな当たり前を軽視するようになると、目の前の人も大切にしなくなるんじゃ…と感じています。
自分を戒める意味でも、ありがたみを再認識する意味でも、誰かに会ったら必ず挨拶をする。
私の場合はそんなことが理由ですし、繰り返し説明しています。
他者への敬意を抱いて欲しい
家族が小規模となったり、インターネットの普及で顔の見えないやり取りが増えたおかげで、恩恵を感じている人もいますよね。
一日、一言も誰とも話さなくとも生きられる状況になったからこそ、意識して他人の存在を感じることも大事なのかな、とも思います。
その思いを色濃くした出来事。
同じマンションで仲良くなった、子どもの友だちの小学生。
数人いるのですが、マンションのエントランスで喋っている時に住人が来て私が挨拶をしたら、
『知ってる人?』
『どうして挨拶をするの?』
と彼らに驚かれました。
『知り合いではないけれど、同じマンションの人だし挨拶したよ』
と説明したのですが、どうやらその子たちの親も普段から挨拶をしない様子…
子どもに挨拶(に限らずなにか)をして欲しかったら、一番大切なのはまずは大人がその姿を見せることだよなぁと再認識した出来事でした。
(ついでに、これからは人に会ったら挨拶してね!と釘指しておきました笑)
近所付き合い=無料のセキュリティ強化策
身に着くまで優しくしつこく…猛特訓
上の子は羞恥心が完全に芽生え、自分の頭でいろいろ考え行動するようになった6歳。
下は3歳で、意にそわないことはしたくない頑固期(※正しくはイヤイヤ期
私の身の振り如何で、どういう人間になっていくのかに大きく影響する時期だと感じたので、それまでやっていた挨拶を今まで以上に当たり前にこなし…
対象範囲も、
- マンションの住人
- マンションの管理人さん
- クロネコさんや郵便屋さん
- トイレの順番待ちの時の会釈
- ドアを開けて待っててくれた人
- エレベーターで乗り合わせた人
- 公園で同じ時間帯にあった人
などなど、ご縁があった人には会釈や挨拶や短い会話を心掛けるように。
元々ちゃんとやってはいましたが、ここ半年くらいは子どもから見て自分がの振る舞いが言行一致して見えるようにより一層意識してたと思います。
焦っても結果はついてこない
年長さんになった頃、恥ずかしがって挨拶をしない時期がありました。
下の子はまだ素直だったのですんなりと挨拶をするけれど、上は…
気にすると気になりだしちゃうし、声掛けも
『大きな声で挨拶しようね』
『下の子は出来てるよ』
と、恥ずかしくてできない気持ちを受け止めることなく、自分の考えを押し付けていました。
それで益々挨拶できない状態が加速しちゃってたんです。
反省して、どんなに小さな声でも褒めるようにし、やろうとしてできなかったことさえ褒め…
苦手意識を持たないように気を付けて、とにかく自分はかならず挨拶をしていました。
猛特訓の末…
それから段々と小さい声ながらも人に会ったら挨拶が出来るようになった上の子。
下の子は相変わらずドデカイ大きな声で挨拶笑
小さい声だったのが段々と普通の声の大きさで挨拶ができるようになり、私がする前より先にできるようになり、ついには
初対面の人にまで挨拶できるように!
どういう状況かというと、上の子とお店へ向かうべく歩いていたのですが、狭い道に差し掛かったとき、すれ違う人に上の子自ら挨拶したのです(!)
- 顔見知りの相手へ挨拶がキチンとできればいい
- 外へ出た時、知らない相手であっても席を譲るとかお礼を言えるとか礼儀は最低限であればいい
そんな風に考えていた私は度肝を抜かれました…。
おじさんの、びっくりからのニコニコ笑顔が忘れられない
習うより慣れよ
なぜ挨拶をしたのか、本来は良いことなんですが、予想外の展開に驚きを隠せず尋ねると、
『挨拶したかったから^^』
とのこと。
すっかり挨拶好きになれたようです笑
大人もそうですが、抵抗のあることでもやっていく内に慣れる
慣れると色んなことを考えたりアレンジを加える
ようなことってありますよね。
私の場合は料理がまさにそれでした。
上の子の場合は慣れた上に楽しくなってきたようで、このような状況になったようです。
そこからはもう快進撃(?)で、
すれ違った人に挨拶をしたあとは道で草刈りをしているおじいさんを見るなり
(小声で)『あそこにいる人にも挨拶してみようかな?』
と私に確認してから、一緒に挨拶に行きました。
この日以降、必ずするかというとまだ不安定な部分もあるけれど…
挨拶できるかどうか?と心配することはなくなりました。
私から言えることは、
- 挨拶習慣はまず親から
- どんなに小さなことでも褒める
- 根気よく見守る
この辺りが大事かな、と感じました。
貴重な時間を使ってここまでお読みいただき、ありがとうございました。
なにかの参考になれば幸いです!
こちらも参考になりました→挨拶ができる子どもに育てるためにはどうしたらいいの?
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